To heart 2 Super Short Story

A promised treat

rrrrrrr…
「ふぁい、河野です…。」
夏休みが間近に迫った頃の日曜日、電話の呼び出し音に起こされた貴明が、寝惚け声で受話器に話しかける。
“…貴明さん?”
「…?」
少し電話が遠いのか、一瞬誰の声か考え込む貴明。
「!」
一瞬後に誰の声か思い当たったと同時に、眠気も一気に吹き飛んでしまう。
「ささら、ささらなのか!?」
“はい、久寿川です。…貴明さん、そちらは確か昼頃のはずだけど?”
くすくす笑いつつ、そう指摘され貴明には一言もない。話題を変えようと、
「…い、いきなりどうしたの?」
と、苦し紛れに訊くと、受話器の向うの口調が変わり、
“ええとですね…ママが来週出張でそちらに行く事になって…、私もそれにくっついていくことになったんです。”
「へえ!そうするとこっちにも来れるのか?」
“はい、とはいえ3日間しか滞在できないので、半日くらいですが…それでも何を差し置いても貴明さんには会いに行きます。”
「うんうん!」
先日の歓送の際、クリスマスに並々ならぬ決意を込めて自分から逢いに行くと誓った貴明ではあるが、それはそれ、逢える機会があるなら逢いたいし、別にそれによって決意が揺らぐわけでもないと、素直に喜ぶ貴明。しかし、通話の終了間際のささらの一言で、突如現実に戻される。
“それではごきげんよう。約束のクッキー。楽しみにしていますね。”
ツー…ツー…
「…?…あぁ!」
自分の迂闊さに、思わず叫び声が漏れる。かつて人との接触を恐れるあまりに、人が作ったと意識した食べ物さえも受け付けなかったささら。それでも、“いつか貴明の作ったクッキーを食べてみたい”とまで言ってくれていたのに、その後数日間、一生忘れられないほどの出来事があったことで実現していないどころか、すっかり失念していたことに思い切り自己嫌悪に沈む貴明だったが、
「って、来週ってーと…夏休みに入ったあたりか、…ちっ、凹んでる暇はねえよな…!」
と、自分に発破をかけると、財布を握り締めてアーケード街の書店まで走り出した。


「タカくん、何熱心に読んでるの?」
数日後の放課後、生徒会室でなにやら読書に勤しむ貴明に、このみがそう声を掛ける。
「このみか…いや別に。」
どこか照れくさそうに本を仕舞おうとするが、このみは目ざとく本のタイトルに目を走らせ、
「お菓子作りの本?タカくんお菓子作るの好きだったっけ?」
「う…べ、別に良いだろ…。」
頬を紅潮させて、慌てて鞄に本を仕舞おうとするも、時既に遅く、
「オイオイ貴明、庖丁さえまともに握ったことのない料理不精なお前が、なんでそっち方面に目覚めてんだよ?」
「雄二言い過ぎ。でもタカ坊がお菓子作るかあ…流石に私も想像できないかな。」
ドアの外まで聞こえていたのか、そんなことを言いながら雄二と、続いて環が入ってくる。
「のわっ!?何でこんなとこまで来てるんだよ!?」
狼狽した貴明が二人にそう叫ぶが、環が不思議そうに、
「何でって…生徒会役員が生徒会室に来るのがそんなに変かしら?」
「う゛…確かに。」
環がささらより引き継いだ会長、貴明が会計、このみが書記、でもって雄二はその他と、揃って生徒会役員である以上、いること自体は別に変なことでもなんでもない。
「ふーむ、タカ坊がやけに真剣になってるってことは…やっぱり久寿川さんのことでしょ?」
「ああ、なるほど。愛しの久寿川センパイのためか〜、すっかり青春しやがって〜って、それとお菓子作りがどう繋がるのかよく解らんのだがな。」
途中まで茶化してた雄二が、口調を真面目に戻して、貴明にそう疑問をぶつけてくる。その後ろで環とこのみも、同じような顔で貴明を見詰めているのに気付き、
「…ああ、別に隠しておく積りじゃなかったんだけど…。」
と、事情を話し始めた。

「…なるほどね、それでクッキーの作り方をね…。で、出来そう?」
「…。」
痛いところを突かれたのか、環の質問に無言で首を振る貴明。
「でしょうねえ。まともに料理してたの見たことないもの。…ふむ…久寿川さんが来るまであと3日か…ちょっと厳しいわね。」
「姉貴、作り方レクチャーしてやったら?」
雄二の提案に、しかし環は首を振り、
「うーん、できるならそうしたいんだけどね。私もあまりお菓子のほうは得意じゃないのよね…恥ずかしながらオーブンの使い方も良く知らないし。」
「…いや、その気持ちだけで嬉しいよ。しかしタマ姉もダメかぁ…。」
実は密かに頼りにしていた環の発言に、少なからず落胆する貴明。そうしていると、このみが何か思いついたようにぽん、と貴明の肩を叩き、
「ね、タカくん。それだったら…。」


「ふーん、タカ君がクッキーをねえ…。ひょっとしてあのささらちゃんって娘に?」
「な、何で知ってるんですか!?」
このみの紹介で、彼女の母親である柚原春夏に指導を依頼したところ、説明する前から、事情ををズバリ言い当てられて狼狽する貴明に、春夏は何事もないように、
「あら、貴方たちの篭城戦、私が知らないとでも思ってる?学校側から色々と事情聴取もされたのに。」
「あ…その節はすいませんでした…。」
あの、学校当局やささらの両親を相手取った篭城戦の際には結局各方面に迷惑をかけていた貴明、このみの母である春夏にもそうだったと気付き、頭を下げるが、春夏はくすくすと笑って、
「謝らないの、確かにした事は褒められることじゃないけど…大人の事情に子供の意見で敢えてぶつかっていったことは、私は評価したいと思うから…で、クッキーだけど…タカ君たしか貴方って料理…。」
「う゛…ご想像のとおりでございます。」
貴明の料理の腕前はある意味熟知している春夏。重大事はこちらだと溜息を1つ吐くと、
「しょうがないわねえ…スパルタになるけど覚悟はいい?」
真剣な表情で、そう貴明に宣言した。


「こんにちは、久寿川せんぱ…えっ!?」
「ご無沙汰してるわね、久寿川さん…ふぇ!?」
数日後、河野邸玄関でささらを出迎えたこのみと環の2人が同時に絶句する。久々に見たささらは、出国前からは考えられない、パーカーにオーバーオールと言う出で立ちで母親の車から降り立った。
「ご、ご無沙汰してます…ど、どうしたんですか?」
挨拶の後、不安げに2人に問いかけるささら。2人は暫く絶句していたが、
「び、びっくりしたよ。久寿川センパイがそんなに可愛く化けるなんて…!」
「うん、前の私服だとどちらかというとお高く留まった印象だったけど、こっちは年相応に可愛い感じ。」
我に返った2人に揃って褒められたささら、すこしはにかんだように、
「や、やだ…お2人とも褒めすぎですよ…折角なので自分でいいと思った服を選んで来たのですが…。」
「私の趣味とささらの趣味とが違うものだって思い知りましたよ。でも、今思ってみると本人に選ばせた方がやっぱり似合ってたわね。」
その声は車内から聞こえた。
「お母さん…。」
「久寿川のおばさま…。」
車窓から、苦笑しつつ顔を出してささらの母が顔を出して、
「…向坂さんに柚原さん、いつぞやは本当にごめんなさいね、私達…、」
そう言い掛けたのを環が制して、
「それ以上言わないで下さいまし。過去は過去ですが、今お2人が幸せかどうかが問題なんですから。」
と、ささらと母の顔を交互に見比べ、満足げに頷く。ささらの母はそれを感じ取ったのか、すこし照れたように、
「それじゃささら、楽しんでらっしゃい。夜に迎えに来ますから。」
「はい、お母さん。」
親子で挨拶を交わした後、車を発進させるささらの母、残された3人は暫くそれを見送った後、
「…そういえば、貴明さんの姿は見えないようだけど?」
「あー、タカ坊ねえ。」
「それは…とりあえず上がってもらわないと。」
「???」
釈然としないささらだったが、環とこのみに引っ張られるように河野邸の玄関から中に入った。


「久しぶり、ささら。」
「貴明さん!?」
リビングに通されて座り込んでいたささらが、キッチンから顔を出した貴明を見て絶句する。
「な、なに驚いてんだ?」
「ご、ごめんなさい。でも…エプロンが…、」
「や、やっぱ似合わないか?」
「…いいえ、とても可愛らしいわ。」
「…コホンコホン!」
目を輝かせてエプロンを褒められ、ばつが悪そうにキッチンに引っ込む貴明。入れ替わりに雄二がグラスと氷を持ってやってきて、
「お久しぶりっすねー、久寿川センパイ。」
「雄二さんも、お元気でしたか?」
「いやいやいや、センパイの声聞いたらどんな病気もふっとんじまいますよ。」
調子のいい雄二の会話も懐かしいのか、自然と頬が綻ぶささら、ふとある人物が欠如しているのに気付き、
「あれ?そういえばまーりゃん先輩はお忙しいんですか?」
その瞬間、環とこのみが苦笑して顔を見合わせ、
「実は…まーりゃん先輩、タカくんがお母さんにクッキーの作り方教えてもらうとき、“あたしもさーりゃんにくっきーをつくるってあげるのだー!”って、一緒に教わり始めたんだけど…、」
「あーあ、あれね。初日でいきなり“こ、これは乱暴だ、狼藉である、口で敵わないからと暴力に訴えるのは無法だー!”って逃げ出しちゃってね…春夏さんも春夏さんで“無法で結構よ、奸物。”って、『坊っちゃん』で返すんだもんねえ…何があったか知らないけど一日でリタイアしちゃったって訳。」
「ふふっ。先輩も相変わらずなんですね、良かった。」
まーりゃんの姿を想像したのか、くすくすと笑いながら懐かしむようにささら。そんな話をしているうち、
「焼きあがったぜー、お待たせー。」
貴明がトレイを手にリビングに入ってくる。トレイにはクッキーが山積したバスケットと、濃い目の紅茶が入ったサーバー。
「へえ、アイスティーも作ったんだ。」
感心したように呟く環に、貴明は、
「やっぱ茶もないとな。で、この時期に熱いのは流石に拷問だろ。」
言いつつ、グラスに氷を山盛りにして、そこに熱い紅茶を一気に注ぎ込む。その時、
「…貴明さん、その傷…!」
貴明の両手に、湿布や絆創膏がベタベタと貼られてるのに気付いたささらが、狼狽した声を上げる。しかし貴明は何でもないように、
「ああ、これね…まあ、サボってたペナルティって奴かな?」
「…!」
胸が一杯になったのか、胸元に手を当てて俯くささら。
「…そこで一々感動しないの。最大の試練はこれからでしょ?」
環の一言に、一同の表情が緊張する。いくら貴明の作ったものとはいえ、まだ人の手によるものを平気で食べられるか試してもいないささら、今このクッキーを受け付けなかったら全てをぶち壊しにしてしまうことを意識し、小さく震え始める。
「…ささら…いいんだぜ、不安なら…。」
見かねた貴明の言葉だが、ささらは逆に、きっ、と貴明を睨みつけて、
「い、いえ…頂きます。」
と、震える指でクッキーを1つつまみ、それをゆっくりと口に運び、
…ぺき…、
歯で割った音さえ明確に聞こえるほど、一同が固唾を飲んでささらに注目する。
さく…さく…もぐもぐ…。
ゆっくりと、本当にゆっくりと感触を確かめるように咀嚼した後、
……こくん…。
僅かに躊躇った後、ゆっくりと嚥下する。
「……………………。」
「さ…ささら…?」
貴明がそう言って、不安げに自分を見詰める。その視線の中、ささらはゆっくりと貴明の方に向き直る。そして、
「――――――――おいしい。」
目を細めて顔全体で微笑みつつ、そう答えた。

END

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あとがき

TH2本編思い返してみて、そういえば貴明、ささらにクッキー作ってやるって言ってて結局実現してねえよなあ…、って考えてたら、こんな話が組みあがっちゃったので、文書にしてみました。なんで、章立てもしてないというちょいと粗い構成になっていますがそのあたりはスルーで(爆)。
あと、ラストが妙に切り捨てたように終わってしまっているのは、この場面以降でどう占めればいいのか判らなかったのと、本編をご存知の方ならお判りと思いますが、“エビフライ事件”と対比させたかったというのがあります。
さて、私なりのささらAFTER…というより、“AFTERちょっと前”って感じの一編になりましたが、お読みいただき有難うございました。

BTL





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