------ 前書き ------
 
今回は、シリアスものにチャレンジしてみました。
 
主役は、原点に戻って私のbPキャラ、草壁さんです。
彼女の視点での、TH2本編のストーリーを書いていこうと思います。
場面は草壁さんが貴明の町にやって来たところからです。
 
私の主観・物語の補足がかなり入っているため、中にはこれは違う、と
思われる方もおられるかもしれませんが、どうかご了承下さい。
私なりに、最大限草壁さんの気持ちを汲み取ったつもりです。
 
なお、今回のSSに使われているセリフは、ゲーム本編のものをそのまま
ほぼ忠実に再現してあります。(私の創作部分を除き)
皆様のプレイ時の記憶を思い出しながら、読んでいただければと思います。
 
なお、この物語はPS2版準拠です。
それでは、どうぞ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「お母さん、来たよ」
 
「いらっしゃい、優季」
 
私は、今日、帰ってきた。子供の頃住んでいたこの町に。
そして------あの人が住んでいるであろうこの町に。
 
 
 
 


 『 幻想の時の中で 』  

 
 
 
 
 
四月二十三日(金)
 
 
「ごちそうさまでした」
 
「はい、ごちそうさま」
 
晩ご飯を終え、私は食器を洗う。
今日は休日で家にいるが、仕事をしていて帰りの遅い母にかわり、家事全般は
基本的に私の仕事になっている。
 
「優季、おばあちゃん達や、友だちとの挨拶はちゃんとしてきたの?」
 
「うん、大丈夫。ちょっと……寂しかったけど」
 
仕事の都合で早めにこっちに引っ越していた母を追って、今日、私もおばあちゃんの
所からこの町にやって来た。
 
「荷物とか、新しい制服とかは、あなたの部屋にあるわよ」
 
「分かった。ありがとう、お母さん」
 
転校の手続きは母がしてくれており、明日から新しい学校に通う予定だ。
 
「それにしても、もう週末なんだし、あなたは今日この町に着いたばかりでしょ?
学校に行くのは、来週からでもいいのよ」
 
「うん。でも、なるべく早く慣れたいから……」
 
「……ふふっ。ひょっとして、あの子の事を考えてるの?」
 
「えっ!? お、お母さん……」
 
「もしかしたら、優季の王子様がいるかもしれないものね」
 
「もう、そんなんじゃ……」
 
「河野君が、いるといいわね♪」
 
「あ、あたし、ちょっとお風呂に入ってくるね!」
 
もう、お母さんったら……。私はその場を逃げ出した。
 
 
 
 
シャーー----……
 
シャワーを浴びながら、私は考える。
もちろん彼の事、貴明さんの事だ。
 
小学校の時、この町を離れてから五年……貴明さんはこの町にいるのだろうか?
私の通う学校にいるのだろうか? そして……私の事を覚えているのだろうか?
 
……でも、何となく予感がある。運命は、二人を引き合わせてくれると。
 
 
 
 
 
 
「わぁ……すごい……」
 
今はもう深夜。なかなか寝付けず、浅い眠りを繰り返していた私。
何気なく見た、窓の外の景色に私は目を奪われた。
 
線を引き、いくつも流れる流星雨。まるで、誰かが夜空のキャンバスに
筆を走らせているかの様だ。
 
でも……どうしたんだろう? 何か、胸が締め付けられる様なこの感覚は……。
感動とは違う、何か……不安な感覚。こんなにきれいなのに……。
 
 
 
 
 
 
四月二十四日(土)
 
 
「おはよう、優季」
 
「ん……お母さん……」
 
もう、朝なんだ……。あまり良く眠れなかったな。
 
「それじゃ、お母さんは行くから」
 
「うん、いってらっしゃい」
 
朝早くから遅くまで、私のために働いてくれているお母さん。
本当に、ありがとう。
 
 
 
 
制服に着替え、私は朝食をとっている。
いよいよ新しい学校への登校だ。きっと、いい出会いが待ってるよね……。
 
そんな事を考えていると、ふと、机の上にあった新聞に目がいった。
 
あ……昨日の流星雨の記事が載っている。
そうか、数百年に一度の……すごかったものね……      ……え!?
 
私は自分の目を疑った。だって、その下の小さな記事に----
 
『流星群観測、少年はねられ死亡』
『……校2年、河野貴明さん……』
『……まもなく死亡した……』
 
 
 
そんな…… 何が…… どういう事……?
 
意識が混乱する。どうしていいか分からない。
 
同姓同名……? でも私と同じ学年……  ……ああ!!
 
私はその記事の所を破り取ると、家を飛び出した。
とりあえず、学校に行って確認を----
 
「あっ!?」
 
キキーーッ!!
 
危ない! 私は車をとっさにかわす。しかし、バランスを崩し------ガッ!!
うっ!?……ブロック塀に頭を打ってしまった。
 
 
突然、視界がまぶしい光に包まれる
 
目がくらむ様なその光の中、私は意識を失っていった……。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
(…………)
 
うん……?
 
(………季)
 
誰かが呼んでいる……?
まだ朦朧とした意識の中、私は目を開けた。
 
……目の前には何もなかった。
ただ、霧がかかった様な、どこが上か下かも分からない、白っぽい空間。
 
(優季……)
 
さっきから私を呼んでいる声が後ろから聞こえた。振り向くとそこには----
幼い頃、そう、貴明さんと別れた時の姿の私がいた。
 
 
(優季……起きたのね)
 
「あなたは……昔の私?」
 
(……半分、正解です。私は、あなたそのもの)
 
「私、そのもの?」
 
(そう、私はあなたの『存在』の『核』になるもの。私は、あなたが生まれてから
これまでの、全ての象徴です。あなたが見ている私の姿は、今、あなたの心の中に
強くあるものに関係している姿なの。ここに来た時のね」
 
「ここは……どこなの?」
 
(この空間にいる私達は『時の回廊』と呼んでいます。分かりやすく言うと、今まで
過ごしてきた時間の中。ここの場所は、あなたがいた時間より、少し前になります)
 
「どうして……私……?」
 
(それは私にも良く分かりません。ただ、本当に稀にだけど、ここを訪れる人達に
共通している事があるの。それは、みんな、強い想いを持っていたという事)
 
「強い……想い……。そうだ、貴明さん!」
 
(ここままだと、もうすぐ過去の世界への扉が開きます。……それはあなたにとって、
危険を伴うもの。今ならまだ、元の時間に戻れます。どうしますか?)
 
「…………。私は……行きます。いえ、行かなければ。だって……」
 
(そうでしたね。彼は、今までのあなたを支えてきたのでしたね)
 
「……知ってるんですか?」
 
(私は、あなたですから……。もうすぐ、あなたは過去から元の時間へと戻っていく事に
なります。そこでは、守らなければいけないルールがあるのです)
 
「ルール?」
 
(過去の世界のあなたは、本来そこに存在しないもの。もしそこで、その時間の
あなたに出会ったり、あなたという存在を知人に認識されてしまうと、強制的に
消去されてしまいます……元の時間に戻されるのですが、最悪、ロストも……。
一応、あなたに関しての記憶のプロテクトはかかりますが……)
 
うっ!? ……今までよりも、強い睡魔が私を襲う。
 
(そろそろ……時間です……優季……想いを……強く……)
 
……眠い……。
 
(運命を……変えて……)
 
……運命……?
 
------……
 
----……
 
……
 
…
 
 
 
 
 
 
 
四月十四日(水)
 
 
ユサユサ……。
んん……? 私の体を誰かが揺すっている。未だ睡魔の襲うまぶたを開けると----
 
あ……!? 貴明さん……。あの頃とは違う、大人になっているあなた。
でも、一目で分かった。そのやさしい眼差し……きっと、貴明さんだ。
 
「あ……貴明さん……ふぁあ……。元気なんだ……良かった……ふぁああ……」
 
ちょっとビックリしたしたあなたの顔……安心した私はまた眠りに落ちた。
 
 
 
ふたたび目を覚ますと、そこはベンチの上。
 
ホット紅茶でヤケドをしかけた事をからかう私にデコピンをしたあなた……。
やっぱり、貴明さんなんだ……。
これは、二度目の運命的出会いです!
 
「学校で一緒になった事があったっけ?」
 
そう聞いてきたあなた……でも……
 
「……そ、そうだね。うん……一緒だったよ。……でも、きっと貴明さんは
思い出せないと思うけど」
 
そう、小学校で一緒だったよ。その事は言えないけど……。
 
あ、また……!?
強い睡魔が襲ってくる。私は、また意識を失った。
 
 
 
 
 
 
四月十五日(木)
 
 
あの白い空間にいた私。気が付くと、学校の裏庭にいた。
 
そう、私が初めにここにいた事は貴明さんから昨日聞いて知っている。
まずは探さないと。大事なくずかごノートを、そして、あの記事を……。
 
 
 
そして、またやって来た貴明さん。
あなたにあの記事を見られなかったのは良かったけれど……。
 
「貴明さん……ひょっとして……。流れ星なんかに、興味を持ってしまいました?」
 
「そうだね。今日も色々とあったし、夜の学校で星を眺めるのもいいかな……なんて」
 
「そんな……じゃあ……私が……」
 
私は青ざめた。ひょっとして、貴明さんが事故に遭ってしまうのは私のせい?
 
うっ……。
そして、また私は意識を失っていく----
 
 
 
 
 
 
四月十六日(金)
 
幸せな夢を見ていた。それは、貴明さんとの新婚生活。
仕事から帰ったあなたに、お風呂か、食事かを尋ねる私。
でも、あなたが求めてきたのは……。もう、恥ずかしいです……。
 
 
おでこを弾かれ目を覚ますと、私は教室。そして、貴明さんがいた。
 
「草壁さん……触っていいかな?」
 
えっ!? ……そんな事を聞いてくるあなた。どうしよう、今のは正夢?
 
 
でもそれは、いつも突然いなくなる、私を不思議がってのものだった。
 
「貴明さん、私は今ここに、ちゃんとあなたの目の前にいますよ」
「だから……試していいですよ。触って……いいですよ」
 
でも、あなたは照れている様だ。かわいいな。私は何となくイタズラ心で、
 
「捕まえたっ」
 
昔の様に、アメオニをしていたあの頃の様に、あなたの手を捕まえた。
 
 
「ほら、私はちゃんとここにいるでしょ? 少なくとも……今、この瞬間はね」
 
きゅっ、と彼の手を握る。私の想いを込めて。
 
あ……貴明さんも、私の手をきゅっ、と握り返してきた。
きゅっ、きゅっ----きゅっ、きゅっ----
互いに握り合う手と手。
 
「……どうですか? 私の事……伝わってきます?」
 
互いに、心と心も通じたと感じた夜だった。
 
 
 
そしてまた、いつもの現実と幻想の世界との往復。
あの日はどんどん近づいてくる。
最初に聞こえていたあの声は、あれから聞こえてこない。
私はどうしたらいいんだろう……?
 
 
 
 
 
 
四月十九日(月)
 
 
今日は、こっそり家に入って持ってきた、私のお気に入りの洋服で真夜中のお茶会。
嬉しいな、貴明さん。この服、似合っててかわいいって……。
 
大好きな物語をしながら、あなたと飲むミルクティー。
いつまでも、この幸せな時間が続けばいいのに……。
 
 
 
 
 
 
四月二十一日(水)
 
 
今日は雨。でも、私は雨が好き。
空から落ちてくる雨粒は、色んなメロディーを奏でてくれるから。
 
そして……。もし、このまま夜空が見えないままなら----
でも、それはきっと、望んでもかなわない事。
 
明日は、貴明さんとデートの約束をした。
今までずっと望んでいた、あなたとのデート。
 
多分、二度目の運命的出会いをしてから、最初で最後の……。
 
 
 
 
 
 
四月二十二日(木)
 
 
水族館に向かう途中の信号機で、私はあなたを止める。赤信号で渡ろうとしていたから。
明日、あなたはこんな風に事故に遭ってしまうのだろうか?
 
「そう、だって、信号を見ないで、近づいてくる車ばかり見てると、いつか、目の前の
青信号にも気付かなくなってしまうでしょ」
「せっかく、『安心していいよ』ってサインなのに、それに気付かないでいるって
いうのは、すごく寂しい事なんじゃないかって思うんです」
 
気付いて欲しい……私のこのサインを……。
あなたに待ち受けている、おそろしい出来事を……。
 
 
 
私達は水族館に着いた。まだ閉館まで時間があるとはいえ、帰っていく人が多い。
流れに逆らって、入り口に向かう私達。
貴明さんは、私がはぐれてしまわないか、心配そうに何度も振り向いている。
相変わらず、やさしいんだな。だったら----
私は、笑顔で、彼と手をつないだ。
 
「だって、こうしてると迷子にならないでしょ?」
 
少し赤くなりながらも、手を握り返してくる貴明さん。
今だけは、この時間を楽しんでもいいよね……。
 
 
 
水族館の地下の海底の世界というフロアで、私は貴明さんに西洋の
海に沈んだ都の話をした。
失ったものはもう元には戻らないというロマン、と言う貴明さん。
 
でも、そんな事はない! そうでないとあなたは……。
……ダメ! こんな顔を貴明さんに見せてはいけない!!
 
でも、そんな私にあなたは----
 
「ほら、元気出して! 俺は草壁さんが元気で笑っていてくれたら、
凄く嬉しいし、十分幸せだからさ」
 
 
……ありがとう、私の覚悟も決まりました。
 
そして、私は貴明さんを明日の流星雨観測へ誘った。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
(……季、優季)
 
あ……久々に聞こえてきたあの声。
 
(決めたのですか?)
 
「……はい」
 
(……それで、いいの?)
 
「私は、彼への想いで今までやってこれたんです。もちろん、お母さんやおばあちゃん達、
向こうでの友だちにも感謝はしています」
 
「でも心に暗い不安があふれていた時、頑張ってこれたのは、あの笑顔が心にあったから、
彼がくれたあの約束があったからなんです。あの約束があったから、前を向けたんです」
 
(……もう、彼のそばにいる事は出来なくなりますよ)
 
「……いいんです。また、貴明さんに会えたから。……彼が無事でいてくれるなら」
 
(分かりました。でも優季、これだけは覚えておいて。あなたがしようとしている事は、
運命を代えるという事、でも、運命は変える事も出来るという事を)
 
「それは……どうやって?」
 
(奇跡を起こすのです)
 
「奇跡……?」
 
(運命を変える事、それを奇跡と言います。優季、強い想いを持ちなさい。そして、
信じるのです。あなたを、そして、彼の事を)
 
「想い……信じる……」
 
(あなただけ……ではなく……彼の……事も……)
 
いつもの睡魔が……襲ってきた。
 
私が……ここに来たのは……二十四日……。もうすぐ……最後の……時間跳躍……。
奇跡が……あるというなら……お願い……。
 
 
 
 
 
 
四月二十三日(金)
 
 
教室で出会った私達。貴明さんに手を引かれ、屋上へ向かう。
そこでは、満天の星が出迎えてくれた。
星座表を片手に天体観測。あなたとの楽しい時間。……決心が鈍ってくる。
ダメ! こんな気持ちでは……。その時は近づいているのに……。
 
そんな時、ふと見上げた髪の毛座。
王様の無事を願って、自慢の髪を神様に捧げた女性の話。
 
「……そう……。私にも……きっと……。大丈夫……ですよね」
 
あふれてくる不安な想い。
 
 
あっ!? 
貴明さんが、私をそっと抱き締めた----
 
「ねえ、草壁さん。どうして、そんなに寂しそうなの? どうして不安そうな目を
してるの? 俺に何か出来る事はないの? 俺はどうしたらいい? そんな草壁さんを
見ていると、とても悲しくなってくるよ……」
 
貴明さん……。
 
「多分、俺、草壁さんの事知ってるよ。一緒にいても平気だし、時々、凄く懐かしいと
思うし……。でもゴメン。俺……結局、何も思い出せなくて」
 
ああ……。
 
「わ、私……」
 
本当の事を言いたい! でも……!!
 
「貴明さん! 貴明さん!!」
 
私はあなたにしがみつき、泣く事しか出来ない……。
 
 
 
しばらく感じていた彼の温もり、流した涙が、私の心を落ち着かせてくれた。
 
「思い出せなくても……きっと、それでいいんですよ、貴明さん。だから、約束して。
もう、悲しまないって」
 
そう、例え、私がいなくなったとしても----
 
「それから……。私に……少しだけ……勇気を……下さい」
 
瞳を閉じた私の唇に重なってくる、あなたのやさしさ……。
あなたの想い、確かに受け取りました。
 
 
 
 
 
 
そして始まる流星雨。
自然と口ずさむメロディー。
貴明さんにも促され、私はその歌を歌った。
 
「か〜ぜさ〜わぐ〜野に、星〜は流れて〜……♪」
 
貴明さん、気付いてもらえないと思うけど、この歌はあなたと私の歌なんですよ。
私が心にずっと描いていた風景の。そして、おそらくもう叶う事のない……。
 
 
 
 
 
 
その後ベンチに座り、私達は寄り添って空を見ていた。
肩に感じるあなたの体重……眠ってしまったんですね。
じゃあ、私は先に行ってるね。この後あなたが来るはずのあの場所へ。
 
 
 
 
 
 
ドクン、ドクン……。
心臓の音が聞こえる。事故の時間四時三十分までもう少し。
 
でも、おかしい。車も、貴明さんも来ない。多少の時間のズレはあっても、
そろそろ見えてもいい頃---- あっ! トラックが……。
でも、貴明さんの姿が見えな----
 
!!!!
 
向こうの交差点に!? 間に合わない!!
お願い! 私に力を貸して!!
 
 
キィィィィ……ン------
 
 
周りは白黒の世界、そして目の前には貴明さん。
で、出来た……私の力で……時間跳躍……そして……停止も……。
 
でも……体の力が抜ける……ダメ! もうちょっとだけ頑張らないと!!
 
 
驚いている貴明さんに、私は無理して微笑みかける。
 
「ね、交通ルール、守らなきゃ」
 
 
ここにきて、貴明さんも私が未来から来た事に気付いたみたい……。いまだに、
私が誰だかは分からないまま。でも----
 
「きっと、それでいいんですよ。私が、本当はここにいるはずのない人間だから……
思い出せないんだと思います。多分、貴明さんが思い出してしまうと、私は、ここに
存在出来ないと思いますから」
 
これ位は、言っても良かったよね……。
 
 
そして……お別れです。
 
 
「さよなら、貴明さん。そして……ごめんなさい。多分、これが、たった一つの
方法だと思うから」
 
私は、残った力を振り絞って、貴明さんを押した。
 
 
カチッ----
何かパズルのピースがはまった様な感覚。
そして、私の中の、決定的な何かが失われた様な、そんな感覚。
 
これでいいんだね、良かった……。
 
解凍していく時間、迫り来る車のライト----だけど、不思議と恐れはなかった。
私の目に映っているのは、ただ、あなたの姿だけ。
最後まで、笑顔で見ていよう。せめて、いつまでもあなたの心に在るように。
 
 
 
 
 
 
 
……でも、本当は------
 
 
 
 
 
 
 
「高城さん! 高城さんでしょ! 小学生の時一緒だった!!」
 
えっ!? 貴明さんが昔の私の名前を……。
 
「覚えてる! 追いかけっこをした事も、それから……名前をあげるって言った事も!!
どうして気付かなかったんだろう!? 元気だった!? 元気でいた!? 知ってたよ!
ずっと知ってたのに! 今までどうして気付かなかったんだろう! 
僕は君の事を知っているよ!!」
 
 
胸が熱くなる。嬉しいです、最後に私の事を思い出してくれて……。
 
「貴明さん……思い出してくれたんですね。私達……だったら、三度目の出会いですね。
本当、運命的です! でも、これで追いかけっこは終わりです。私、捕まってしまった
みたいですから……」
 
急激に体の力が抜ける。そして、包まれる光----
白濁する意識の中、最期に聞こえたのは、
 
 
「優季!!」
 
 
そう私の名前を叫んだ、貴明さんの声だった……。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
今、私は夢を見ている……いや、眺めている。映画を見ている様な感覚。
 
それは、とても懐かしい夢。とても大切な思い出。
 
 
「だったら! 僕の河野って名前をあげるよ、高城さん」
 
「河野くん! そ、それって……。わ、私……頑張ってみる! また会えたら……
会う事が出来たら……。遊ぼうね、ずっと一緒に!」
 
 
不意に、夢の中の私が、私の方を振り向く。
そして、明るく微笑んで言った。
 
 
「ずっと、一緒、ね」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「優季、気が付いたの?」
 
目を覚ました私がいたのは、白っぽい部屋のベッドの上だった。
 
「お母さん、ここは……?」
 
「病院よ。あなた、事故に遭いかけて、頭を打ったみたいよ。本当に……」
 
 
『事故』----その言葉にボンヤリしていた頭が覚醒する。
 
 
そうだ……どうして私は生きているの? 貴明さんの代わりにはなれなかったの!?
まさか……最後に私の事を思い出してしまったから!?
ひょっとして、私が事故に遭うよりも先に私の存在があの場所から消えてしまったの!?
そして、もう一度運命は貴明さんへ……?
そんな……!?
 
「お母さん! 今日は何日!?」
 
「どうしたの、優季? 二十五日、日曜日よ。あなた、丸一日眠ってたんだから」
 
「昨日の……家で取っている昨日の新聞はある!?」
 
「探せばあると思うけど……一体どうしたの?」
 
「お願い、大事な事なの! 早く探して……ああ、何なら私が----」
 
「ちょっと……本当にどうしたの? 分かったわよ、ちょっと待ってなさい」
 
 
 
「はい、借りてきたわよ」
 
帰ってきたお母さんから、新聞を受け取る。
 
あった----流星群の記事----その下……。
心臓の鼓動がうるさい。私は一つ息を吸い込むと、視線を下にずらした。
 
 
 
……ない。別の記事になっている……。
貴明さんは助かったのかしら? それとも……。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「えっ!? もうこんな時間!?」
 
私はベッドから飛び起きる。完全に遅刻だ。
お母さんは私の事を気遣って起こしてくれなかったらしい。
学校に連絡を入れると、私は家を出た。あ〜あ、転校初日から遅刻だなんて……。
 
 
ケガは大した事はなかったのだが、私が退院したのはそれから数日後だった。
貴明さんの事故の事を、色んな人に聞いて回ったせいで、精密検査の項目が
増えてしまったのだ。
 
結局、そういった事故は起こってない事は分かったけど、不安だった。
一体、貴明さんはどうなったのだろう……。
 
 
 
 
どうやら、もう授業が始まっているらしく、校門には人影はない。
ええと……職員室は……。
真夜中に学校にいた事もあり、私は校内の位置は大体把握していた。
確か、中庭を通ると早いはずだ。そう思い、向かった私に----
 
 
あっ!?
 
 
そう、貴明さんの姿が映った。
……良かった無事だったんですね。
 
 
どうやら、彼は飲み物を買おうとしている様だ。
 
 
「ホットの紅茶がいいな」
 
私はつい、イタズラ心で、そう言ってしまった。
バカだね、ここにいるのはあの時のあなたじゃないのに。
 
突然声をかけられて、貴明さんもビックリしているみたいだ。
あ、ちゃんと自己紹介しないと……。
 
「初めまして。新しく転校してきた草壁優季です。本当はもう少し早く転校してくる
はずだったんですけど……。色々あって、少し入院してたんです」
 
「……交通事故に遭いかけて、すっころんで意識不明だったり!?」
 
「……貴明さん……どうしてそれを……。ああっ! ダメです! ずっと持ってると、
ヤケドしかけてお手玉をする事になってしまいますよ!」
 
「草壁さんも、ホット紅茶……。今度は気をつけて飲まないとね」
 
 
……ああ! ここにいるのは、二人で真夜中の時間を過ごした、あの貴明さんなんだ。
 
 
「貴明さん……じゃあ、覚えてるんですね!」
 
「草壁さんもね!」
 
 
もう、止まらなかった。抑えていた感情が、涙があふれてくる。
 
 
「貴明さん! 貴明さん!!」
 
私は、彼の胸に飛び込んだ。
 
「これって、四度目の運命的出会いです!」
 
そう言って、泣きじゃくる私を、貴明さんはギュッと抱き締めてくれた。
 
 
 
きっとこれからは、同じ学校、同じクラスであなたと出会えるのだろう。
 
小さい頃から始まった追いかけっこは、これで終わったかもしれない。
 
でも、いつだって、新しいあなたに私は出会い続けるから----
 
 
胸の中で貴明さんの存在を確かめながら、私は幸せに包まれていた。
 
 
「本当……運命的です」
 

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------ 後書き ------ よく、「話が短すぎる」とか、「予定調和な話」とか揶揄される事のある 草壁さんシナリオですが、私はそうは思いません。 それはこのシナリオを、時間跳躍という非日常の現象をモチーフにした、 「二人の男女が起こした奇跡のおとぎ話」と捉えているからです。 この長さであるからこそ、幻想的な物語たりえているのであるし、命をかけて貴明を 救おうとした優季の想い、そして「死」という運命を、互いが交錯しない奇跡の タイミングで記憶を取り戻り回避した貴明……皆様はどうお考えでしょうか? 私は、良作のおとぎ話だと思います。 あくまで私個人の考えですが、共感していただけたのなら幸いです。 最後に。優季という名前は、「勇気」と「四月(誕生日)〜みんなに優しい季節」を 合わせて付けられた名前じゃないかと思うのですが……。 どうでしょうかね? ダジャレじゃないですよ。 ご意見・感想等、掲示板の方にいただけると嬉しいです。 by HIRO


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