『夜空を彩る花火の下で』


ピンポーン♪
玄関のチャイムが鳴った。

「お、来たみたいだな」

時計を見ると時刻は午後6時、約束の時間通りだ。ルーズなあいつにしては珍しい。
ま、自分から言ってきた事だし、守ってもらわないと困るけどね。
この夏休みの間で、あいつがお祭り事が大好きだってのは十分に分かった。
こういったイベントは今日が最後だし、楽しみにしているんだろう。

「今開けるー、ちょっと待ってろ」

大きめの声でそう応えつつ玄関に向かい、そして俺はドアを開けた。

「こんばんは〜、たかあき! 気合入ってる? 絶好の花火日和だね♪」

もう陽もだいぶ落ちているとはいえ、まだまだ夏真っ盛り。室内に熱気が舞い込んでくる。
しかし、それを物ともしないエネルギッシュな奴がここに1人……。

「聞いた事ねぇよ、そんな言葉……。相変わらず元気だな、お前は」

そう、真昼の日差しのようなまぶしい笑顔を浴びせている俺の彼女――由真だ。



8月も半ばをすぎた週末、今日は河川敷で花火大会が行われる。
かなり規模も大きいだけに、みんな毎年楽しみにしている恒例行事だ。
まさに、夏のラストを飾る一大イベントと言えよう。
今年、ここまで2人でたくさんの思い出を積み重ねてきた俺と由真も、
もちろん一緒に出かける約束をしていた。

ただ、いつもと違った事が2点程あった。
まず1点目、待ち合わせ場所だ。
お互いの家が、そういったイベントの場所に特に近くなかったという事もあり、
だいたい集合場所は駅か、現地という形が多かった。
だが今回は、由真からのどうしてもという希望で、俺の家が集合場所になったのだ。
理由を聞いても『うーん、まぁ、いいじゃない』とはぐらかしてばかり。
……ま、こいつの場合は、何かたくらんでいても失敗する事が多いから気にはしてないけどね。

それと2点目の違う事なんだけど……。
俺は改めて由真の服装に目をやった。

「なぁ、今日は浴衣じゃないんだな?」

そう、由真は普段通りのラフな格好をしていたのだ。
これまでに行った縁日や花火大会の時には、必ず浴衣を着ていたのに……。
浴衣姿の由真って、何か“女の子”していて気に入ってたんだよな。

「あれ〜? 何? ひょっとしてあたしの浴衣姿を楽しみにしてたの?」

落胆している俺の気配を感じ取ったのか、由真がイジワルっぽく聞いてくる。

「いや、別にそんな事は」
「ホントに〜?」
「ホントホント」
「ふーん、へーぇ?」
「……いや、ホント……」
「んん〜?」
「…………」

依然、ニヤニヤとした笑みで俺を見続けている由真。
俺にもプライドがある。ここで素直に認めてしまうのはカッコ悪いよな。

しかし、次の由真の発言が大きく事態を揺り動かした。

「……実は、浴衣は持ってきてるんだけど。じゃあ、もういいんだ?」
「……へ?」

持ってきてる? あっ……!
確かに、その手には浴衣が入っているらしきバッグが握られている。

「で、どうなの? あたしは着替えなくてもいいのかな〜?」

勝ち誇った顔で、再度俺に聞いてくる由真。


「……すいません、お願いします」

プライドをはるかに上回る欲求に屈し、俺は正直に頭を下げた。

「ふっふ〜ん、たかあきのケ ダ モ ノ♪ じゃあ、ちょっと待ってて。
着替えに部屋借りるね? おじゃましま〜す」

勝ち誇った表情がムカつく……が、今回は仕方ないな。
勝手知ったる場所とばかりに、いそいそと2階へ上がっていく由真。
この家に由真がいる風景もなじんできた気がする。
彼氏彼女となった今年の夏休みは、俺の部屋で良く一緒に勉強したり、ゲームしたり、
あと……まぁ……うん……色々とあったからなぁ。

ところで……何で由真はわざわざ浴衣を着てこなかったんだろうか?
ひょっとして、俺の家を待ち合わせ場所にしたのもその為だったのかな?
でも、別に浴衣姿を俺に見せるのは初めてって訳じゃないし……。
ま、後で理由を聞いてみりゃいいか。

「おーい、リビングで待ってるからな」

俺は玄関のドアを閉めたあと2階に向かってそう叫び、リビングに入っていった。



そして待つ事しばし――
カチャ……ドアが開く音が、テレビを見ながら待っていた俺の耳に入った。

「お、着替え終わったのか?」
「う、うん。まぁ……」

ソファーに座ったまま、身を反転させて由真の方を見る。
すると、何故か由真は顔だけを部屋の中に入れてモジモジしていた。

「?? どうしたんだ? 早く入ってこいよ」
「あ〜、その……自分だけで浴衣を着たのって初めてだから……。家で予行練習はしたんだけど
ちゃんと出来てるかちょっと自信ない……変かも」

所在なさげに視線を泳がせている由真。
それなら尚更、最初から浴衣を着てくれば良かったと思うんだけど……。

「まあ、とにかく中に入れよ。見てみないと変かどうかも分からないし」
「うん……。分かった」

うながされ、観念した由真がおずおずと部屋に入ってきた。
あ……これは……。

「ど、どうかな? おかしくない?」

恥ずかしそうに、少し縮こまって聞いてくる由真。しかし、その言葉はあまり俺に届いてなかった。
今までと違う、初めて見る浴衣――その愛らしい姿に心を奪われてしまっていた為だ。

由真が着ていたのは、かわいい感じの、まさに“女の子”してる浴衣だった。
マリンブルーのグラデーションを基調とした、金魚柄の涼しげな着物。明るい黄色の帯も
それに映えていて、まさに由真のイメージにシンクロできる物だった。
これまで俺が見てきたのは、紺を基調としたシックなデザインのヤツ。それはそれで良かったが、
今、ここで俺が受けているインパクトは、それをはるかに凌駕してると言えよう。

「あ、あの〜、たかあき……? やっぱ……似合わない?」

見とれていた俺に、不安そうにしていた由真の声がようやく届く。俺はあわてて頭を振った。

「や、そんな事ない! すごく似合ってるよ」
「……ホントに?」
「うん、ちゃんと着れてると思うし……その……かわいい、よ」
「あ……」

頬を染める由真。お互いに照れ合って、ちょっと視線を下にずらしてしまう。
少しの間、沈黙に包まれる2人。くすぐったいけど、どことなく心地良い沈黙。

そんな空気の中、由真がまだ顔を下に向けたままの上目遣いで、はにかみながら話し出した。

「あのさ……これ、初めて自分で選んで買った浴衣なんだ」
「え? じゃあ、今までのは……」
「うん。お母さんとか、おじいちゃんが選んでくれたヤツ」
「今日の為に、わざわざ買ったのか?」
「……だって、浴衣なんて着るのは今年はこれが最後だろうし……。あたしが、たかあきの為に
選んだ浴衣を見てもらいたかったから……浴衣姿、好きみたいだし」

見合わせたお互いの顔が、また赤くなる。
俺としては、なるべく表情とか態度に出さないように気を付けていたつもりだったけど、由真には
お見通しだったみたいだ。

「じゃ、じゃあ、ここを待ち合わせ場所にしたのは、その浴衣姿を初めに俺に見せる為?」

自分の照れ隠しと、少し主導権を握ろうという目的もあり、俺はわざとからかうような口調で
その質問を由真に振った。
しかし、それは自爆行為だったとすぐに気付かされてしまった。
消えてしまいそうな小さい声だったけど、俺の目をしっかりと見つめながら言った由真の答えは――

「うん……。だって、あたしの初めては……全部たかあきの物だから」


……やられた。圧倒的な威力をもって爆撃された俺の心。
時おり見せてくれる、きっと俺だけに見せてくれている、“十波”でもない“長瀬”でもない
素の女の子としての由真の表情。

抑えきれない愛しさがこみ上げてくる。そして、抱き締めたい衝動も。
吸い寄せられるように、由真へと向かう俺の脚。少し身を硬くしながらも、俺から瞳を離さない由真。
そして――あと一歩踏み出せば、望みがかなう距離。

……でも、今はガマンだな。きっと、抱き締めてしまうと離したくなくなるだろうから。
今日は、俺の為に選んでくれた浴衣を着た由真と、新しい夏の思い出をちゃんと作らないと。
ここは、この幸せな気持ちを伝えるだけにとどめておかなきゃな。

「サンキュ、由真」
「……ん」

うるんだ瞳が俺を捕らえる。揺らぎそうになる俺の決心。
必死に湧き上がってくる欲望と戦いながら、俺はポンと由真の頭に手を置いた。

「まだちょっと早いけど、行こうか。屋台とかも色々回るんだろ?」
「……そうだね。行こっか……うん」

微妙な愛想笑いで、力なくうなずく由真。
やっぱり、少しは甘い展開を期待してたんだろうな……ゴメン、甲斐性のない彼氏で。
仕方ない。ここは本音を出すようで恥ずかしいけど、ちゃんとフォローを入れておかなきゃ。
俺は少し目をそらすと、独り言のようにボソボソとつぶやいた。

「……えっと……今日は泊まってくんだろ? だから……な? 俺はそのつもりなんだけど」
「え……!?」

俺のセリフに目を丸くしてスタンしている由真。しかし、やがてハッと気が付いたように
あわててそっぽを向くと、

「……しょ、しょうがないわね。たかあきがどうしてもって言うなら……うん」

またまた真っ赤になった顔で、そう言い放った。いかにも渋々といった感じを入れながら。

どうやら機嫌は直ったみたいだ。こういうところは分かりやすいよな。
よく見ると緩んでいる口元、満足げだった今度の『うん』、それが全てを物語っている。


「ほら、何ぐずぐずしてんの。本当に花火が始まっちゃうわよ!」
「ちょっ……分かったから引っ張るな。まだテレビも消してないだろうが」

向き直った由真が、いきなり俺の手をつかんで玄関の方に行こうとする。
いつものマイペース――もう普段の長瀬由真モードだ。ホント、切り替えの早い奴。
急かされながら、俺は手早く家を出る準備をすませた。

「これでよし、と。さあ、行くか」

玄関にカギをして振り向くと、由真がニッコリと微笑みながら俺に手を差し出してきた。

「それでは、しゅっぱ〜つ。改めて、先導よろしく!」
「はい、はい」

俺は苦笑しながら、それでもやさしく、その手をきゅっと握る。
あけすけな俺と由真との関係――でも、それが俺達をつないできたもの。

日が落ちたとはいえ、外はまだ地面から立ち上がってくるような温気が残る。
それでも、ずっと手を離す事なく、俺達は花火大会へと向かっていった。















ヒュ〜〜……
ドーーン ドドーーン……

打ち上げられ、散りばめられる、いくつもの鮮やかな光と色彩。
大きな華、小さな華、それぞれが趣深く夜空に広がっていく。

さっきまで一緒に回っていた、河原の屋台の光が少しぼやけて眼下に映る。ここは本会場から
少し離れた、人けもまばらな土手の上。
通学路として見慣れているはずのこの場所も、様々な光・闇・音・色彩に包まれて、
特別な物であるかのように感じてしまう。
そんな幻想的な世界の中、俺と由真は並んで先程から始まった花火をながめていた。
そう、本来なら恋人同士にとって最高のシチュエーションなんだけど……。

「うわぁ……今のすごかったな、由真?」
「…………」
「た〜まや〜」
「…………」

……ダメか、反応なし。由真はすわった目で空を見上げたまま。
こっちが何を話しかけようと一切無視。取り付く島もない。
やっぱり、さっきの事がマズかったのかな? でも、あの位でなぁ……。
楽しいはずの2人の時間が、気まずいまま過ぎていく。


と、そこに聞き覚えのある声が――

「こんばんは〜、由真、河野くん。こんな所で奇遇だね〜」
「え? 愛佳……と、郁乃ちゃん?」
「こんばんは由真さん。それと、河野先輩」
「俺はついでかよ……」

声をかけてきたのは、小牧とその妹の郁乃だった。どうやら一緒に花火を見に来ていたみたいだ。
本当に仲がいいよな〜、お揃いの浴衣だし。まあ、それに関しては、お姉ちゃんの要求を渋々
郁乃が引き受けたんだろうけど。

「ふーん、小牧達もこの近くで花火を見てたんだ?」
「はい。二人のらぶらぶな時間のジャマをしちゃ悪いかな〜と思ったんですけど……うふ♪
郁乃が何か用事があるって言うから、ちょっと挨拶に来たんです」
「…………」
「…………」

『らぶらぶ』という言葉と、あたたかい眼差しに対し、当然のごとく渋い表情になる由真。
タイミング最悪だよ、小牧。
だけど……何で郁乃まで変な顔をして黙りこくっているんだ?

「どうかしたのか、郁乃? 俺達に用事って何だ?」
「河野先輩にじゃないです。由真さんにです」
「え? あたし?」
「はい。二人のらぶらぶな時間のジャマをしちゃ悪いかな〜と思ったんですけど」
「……別に。あたしは構わないわよ」

……郁乃。お前、それ絶対ワザとだよな?

「それじゃ、ちょっと向こうへ……。ケダモノが近くにいると話しにくい事なので」
「うぉーい、誰がケダモノなんだよ」
「え? 私は近くに、と言っただけですけど? 河野先輩には何か心当たりでも?」
「…………」
「はいはい、そこどいてケダモノ。郁乃ちゃん、さ、行きましょ」

てくてくと、河原と反対側の、人のいない木の陰へと移動していく2人。
そして、ここに残された寂しい男が1人……。

ヒュ〜〜……
ドーーン ドドーーン……

ふぅ、花火の音がやけに心に響くのは誰のせい?


「……ところで河野くん、由真に何をしたんですか?」

追い討ちをかけるかのような、その質問で現実に引き戻される。
そうだった。小牧がいたんだった。

「……やっぱり気付いた? しかしナゼに原因が俺限定?」
「だって、それまでずっといい雰囲気だったのに、花火が始まったあと急に由真が――あっ!?」

しまった、という表情であわてふためいている小牧。
……ああ、そういう事ね。ヒマだな〜、一体いつから俺達の後を付けてたんだろうか? 
なるほど、郁乃が不機嫌そうだった理由はこれか。ご愁傷さま。

「や! 違うの! これはたまたま天文学的な確立で偶然がいくつも重なりあって――」
「あー、もう言い訳はいいから。で、それで俺に助け舟を出してくれたって訳か。相変わらずの
おせっかいやきだな」
「そ、そんなぁ。私は河野くんと由真の恋のキューピッドとして、2人の仲を見守る義務が
あるんですっ。とにかく、何があったのか話してもらえませんか?」

経験値の低そうなキューピッドさんだけど……。仕方ない、意見を伺ってみるか。
俺は事のいきさつを話す事にした。

「ちょっと思い当たる所があるから、そこの流れを会話中心にかいつまんで説明するぞ?」
「うん」
「始まった花火を2人で見ていて、まず俺が『きれいだなぁ』って言ったんだ。で、それを受けて
由真が『そうだね、あたし、花火って大好き』と」
「うんうん」
「で、そこで俺が『あ……由真って、花火みたいだよな』って続けた」
「……うん」
「そしたら由真が今の小牧みたいに思い詰めた顔をして『え? それって……?』って聞いてきた。
だから、俺は答えたんだ――」
「……(ごくり)」
「『一気に舞い上がって、パーッと散るトコとか』って」
「…………」

非難するような、それでいて哀れんでいるような、小牧の視線が絡みつく。

「……言いたい事は分かる。でもな、俺達はいつもこんな感じなんだよ。まさかあそこまで怒るとは
思わなかったんだよ……」

すがるような目で、小さくなって助けを求める俺。
それを見た小牧は、やれやれといった感じで軽くため息をつくと、表情を微笑ましいものを
見るかのような、やさしい笑顔に変えて話し出した。

「本当に困ったものですねぇ。河野くんは、乙女心の機微が分かってないです」
「……それは自覚してます。で、どうしたら……?」
「そうですね〜。まずは、謝って下さい」
「いや、それは何度もやろうとしたよ。でも、話を聞いてくれないんだよ」
「きちんと、真剣に、です。そうすればちゃんと聞いてくれます。由真はそういう子ですよ。
河野くんだって知ってるでしょ?」
「う、うん、それはまぁ……。でも、改まってっていうのも辛いなぁ」
「当然ですよ、その位。だって、河野くんはこの日の為にわざわざ新しい浴衣まで用意して挑んだ、
純情な乙女心をもてあそんだんですから」
「うっ……」

気付くと、小牧の顔がニヤニヤしたものに変わってきていた。
さすが親友、というか女の子同士。そういったチェックは必ず入れてるんだな。

「あ、由真と郁乃、戻ってきたみたいですよ。それじゃ……頑張って下さい!」

前に出した両手をグッと握り締める小牧。
しょうがない。ここは覚悟を決めて、その意見に従うとしますか。


「……あ、それと河野くん。最後にもう1つ、重要なアドバイスです」

2人を迎えようとした俺を小牧が呼び止めた。……前にもまして、ニヤけた笑顔で。

「本当は、何て言うつもりだったんですか?」
「え……?」
「由真を花火みたいって言った、本当の気持ちの事です♪」
「え゛……」
「それを素直に伝えるのが、一番の仲直りの方法ですよぉ」

今日一番のニンマリとした笑顔で俺を見ている小牧。
キューピッドさんは、何でもお見通しか……。
俺は黙ってうなずいた。小牧もうれしそうにコクンとうなずく。


「……なに2人でニヤニヤしてるの? 気持ち悪い」

戻ってきて開口一番、憎まれ口を叩く郁乃。だけど、今は事情を知っているだけに怒れないよな。
あれ? 由真の様子が変だな? うつろな表情で何かブツブツとつぶやいている。

「……郁乃ちゃん……あり得ない……」


……郁乃。お前、由真にどんな相談をしたんだ?

「郁乃、用事は終わったの? それじゃ、私達はおジャマだから退散するね〜。
おあとごゆっくり〜、由真、河野くん」

挨拶も早々に、手をヒラヒラさせながら郁乃を連れて消えていく小牧。
こういう時は、本当に素早いよなぁ。


さて、そんな事より――俺は改めて由真を見た。
まだどことなくボーッとした表情、ガードが緩んでいる。今しか決めるチャンスはない。
郁乃に少し感謝をしつつ、俺は由真の前に踏み出した。

「由真!」
「は、はい!?」

予想通り、由真は不意を突かれたらしい。力強くその名を呼んだ俺に反応してくれた。

「俺が悪かった! ゴメン!」
「え……ちょっ……たかあき」

深く頭を下げた俺の上から、戸惑った由真の声が聞こえる。

「俺、相変わらず場の雰囲気とか読めなくて……。お前を傷つけるとかそういうつもりは
全然なかったんだ……。本当にゴメン!」
「…………」

ヒュ〜〜……
ドーーン ドドーーン……

大きな花火の音が、沈黙を更に重いものにする。
それでも、俺はずっとその体勢のまま、由真の返事を待った。


「……頭、上げてよ」

消えそうな小さな声で、由真が話しかけてきた。

「許してくれるのか?」

俺はまだ頭を上げず、ちゃんとした由真の許しの言葉が出るのを待つ。

「許すもなにも……別にたかあきに怒ってた訳じゃ……。とにかく、早く頭を上げてったら!」

怒ってた訳じゃない……? 疑問を感じながら俺は体を起こす。その目に入ってきたのは、
バツが悪そうにしている由真の姿だった。

「由真、怒ってた訳じゃないって……。どういう事?」
「…………」

すぐには答えず、口をつぐんでいた由真。
しかし、やがて俺の顔を1度チラッと見ると、諦めたように話し出した。


「……くやしかったの」
「え?」
「だって……今日はたかあきにやられてばかりだったから」
「やられてばかりって?」
「だから……その……そゆことよ」

……あ〜〜。そゆことって、そゆことね。
薄暗い中でもハッキリ分かる程赤くなっている由真の顔を見て、鈍い俺でもさすがに気が付いた。
小牧の言葉を借りれば“乙女心”がやられたって事か。
でも、むしろやられていたのは俺の方だった気もするんだけど。

「それに……」
「それに?」
「たかあきの家でもそうだったけど、人をその気にさせといて……2度も……」
「えと……それは……」
「あぁ、もう! 女にこんな事言わせるなぁ!」

ぶつけるように一気に言葉を吐き出すと、由真は俺に背中を向けた。そして――

「……この、鈍感たかあきめ」

恨めしそうに、そうつぶやいた。


あ〜あ、また怒らせちゃったみたいだな。振り出しに戻ったか。
でも……こんな時に不謹慎だけど……ダ、ダメだ!

「プッ……くくっ」

俺は思わず吹き出してしまった。
その真っ赤になっている耳を見て、ガマンできなくなってしまったのだ。

「な、なに笑ってんのよ」

困惑した表情で振り返った由真に、俺は笑いをこらえながらゆっくりと近づく。

「いや〜、お前ってさ、ホントに花火みたいだな〜って思って」
「なっ……! また人をバカに――んっ!?」

ビクンと硬直する由真の感覚が、唇から伝わってくる。
今日初めての、二人のキス。
由真への謝罪、そしてこの愛しい気持ちを込めた、不意打ちのキス。
きっと今はいくつもの言葉を重ねるより、この方が想いが伝わると思うから。



「……ケダモノ」

とげとげしいのは言葉だけ。甘えるような、弱々しい声。
唇を離したあと、その表情を隠すように、由真は俺の胸に顔を埋めてきた。

「ケダモノ、ヘンタイ」
「……ゴメン」
「謝るな……バカあき」

にわかに上がっていく体温を静めてくれるかのように、やさしく頬を撫でていく
気持ちのいい夜風。


……そしてそれは、俺達に花火大会のフィナーレの音を運んできた。

ヒュ〜――ヒュ〜――ヒュ〜――
ドーン――ドーン――パパッ――パパパッ――ドドーン――

それまでまばらだった花火の打ち上げの音・舞い散る音が、入り乱れて聞こえてくる。

「うわ……」
「はぁ……」

誘われるままに夜空を見上げた俺と由真は、一瞬にして引き込まれてしまった。
大々的に宣伝していた今年の目玉、100連発のスターマイン。
自然の大音響に盛り立てられ、圧倒的な光と色彩が夜空を彩っていく。



「……ねぇ、たかあき?」

しばらく無言で花火を眺めていた俺達。
由真が、いまだに続いているその競演を見上げたまま聞いてきた。

「あたしが花火みたいって……それって、どういう事?」


どちらからともなく、いつの間にかつないでいた、お互いの手と手。
俺は改めてもう一度、やさしく、きゅっと握り締める。

「それは―――」


今度は素直に伝える事ができた、俺の本当の想い。
夜空を埋め尽くしている花火――俺の目を、そして心を占めている、その情景。


ぎゅっと握り返してきた、由真の手が熱い。
新しく刻まれた、俺と由真、2人の大切な思い出。



「……また、来年も来ようね」

恥ずかしそうに、俺の顔を見つめてきた由真。
花火の光に照らされたその微笑みは、とても幸せそうだった。


                  〜fin〜
 




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