「ふあぁ…」
澄み渡った空に向かって大きな欠伸を一つ、ついでに背伸びもする。
「あぁ〜、なんか今日はいい天気だよなぁ…」
こういうすがすがしい朝はけっこう好きだったりする俺。 やっぱり気持ちがいい。
「タカ坊〜〜」
…と思いきや、何やら聞き慣れた声が後ろから近づいてきますよ?
「おはよ、タマ…」
後ろを振向いて俺が何か言い終わる前に、目前にはすでにタマ姉の体があった。
「おっはよ〜、タカ坊〜」
案の定、抱きつかれてしまう。
「あのさ、頼むからそれやめてくれよ」
「んじゃ、どうすりゃいいの?」
「普通に声かけてよ、普通に」
毎朝、この対応はさすがにきついものがある。
登校中だから周りの生徒だって見てるわけだし、勘違いでもされたら立場が悪い。
いや毎朝でもないか…しかし、週に2,3度は必ずこうしてやってくる気がするのだが。
「で、どうかしたの?」
「よくぞ聞いてくれました〜。 ずばり、今晩家でパーティーするわよ」
タマ姉はえっへんと言った感じで胸をはりながら言った。
「パーティー? どうして?」
「理由なんて無用! ただやりたいからやるのよ! てことで、タカ坊も来るでしょ?」
「奢り?」
「ふっふっふ…おぬしも悪よのぅ」
「お代官様ほどではござりませぬよ」
某時代劇のように、二人してニタニタと笑みを浮かべる。
周りの生徒のヒソヒソ声が聞こえてくると、これ以上はイメージが壊れそうなので止めておいた。
「ま、ともかく今晩、タマ姉のうちに行けばいいんだろ?」
「うん…あ、それと友達二人くらいなら連れてきても構わないから。 それじゃねっ」
俺に向かって軽く手を挙げると、タマ姉は颯爽と通学路を走って行ってしまった。
「パーティーか…そういえば、何のパーティーするんだろ…」
宴という戦争
「なあ、貴明。 お前、姉貴からもう聞いたか?」
ようやく1限目の授業も終わり、一息ついていたところに雄二が話しかけてきた。
「今晩パーティーするって話か? それなら今朝タマ姉が言ってた」
「そっか。 なら俺が言う必要ねえな」
「というか、何のパーティーする気だ、お前ら?」
「至ってシンプル…お茶の間もお騒がせの…そう、焼肉だ」
「雄二んとこは焼肉する時、そんなお騒がせ状態になるのか?」
「そりゃあもう……姉貴に肉を横取りされまくりだぜ」
涙を流しながら皮肉に語る。
「今までの戦績、0勝29敗…恥ずかしながら一度たりとも勝ったことはねえ…しか〜し! 今宵は秘策があるのさ…お前というな」
「俺が秘策?」
「ああ」
「なんで?」
「理由は聞くな。 お前は姉貴がヒートアップしてきた時にただ一言こう言ってくれればいい…『タマ姉…たまには雄二にもチャンスをやってくれよ』っ
てな」
「それだけでいいのか?」
「それだけでいい。 まあ見てろって…効果は抜群だろうからよ」
雄二が何を言ってるのかいまいち理解できなかったが、まあそれくらいだったらいいかと一応頷いておく。
「よっしゃ、それじゃ今晩よろしくな〜。 ちとトイレ行ってくる」
そう言って立ち上がると、雄二は急いで教室を出て行った。
「そういえば、友達二人誘っていいってタマ姉言ってたっけ…」
ふと、俺の視線がある女の子を捕える。
「まあ、妥当なとこだろうな…お〜い、小牧〜」
「あ、河野くん」
俺に気づき、トテトテと駆け足でやってくる小牧。
「あうっ?!」
そしてお決まりのように目の前で転んで見せた。
「大丈夫?」
「あ、うん、ありがと」
小牧は顔を赤らめながら、ソッと俺の手を取って立ち上がる。
「どうしたの、河野くん?」
「今晩、暇?」
「えっ?!」
瞬間、彼女の顔がみるみる赤みを帯びていく。
「こ、今晩暇って…そ、その…ど、どういう意味?」
「え、だから今晩空いてるかな〜って」
「うえっ?! え、ええと…」
見ると何時の間にか耳まで真っ赤になってる。
普通に勘違いされてるような気がした。
「いやそういう意味じゃなくて…タマ姉んとこで焼肉パーティーするみたいなんだけど、友達二人誘ってもいいって言ってたから…どうかなと思って」
「タマ姉って?」
そうか…小牧はタマ姉のこと知らないんだった。
「近所に住んでて、ここの学校に通う3年生。 まあ、幼馴染ってやつかな」
「そうなんだ…うん、あたしは大丈夫だよ〜」
「わかった。 じゃ、午後の授業終わったら俺と一緒に行こう」
「うん、いいよ〜。 で、後一人は? もしよかったら、由真を誘うけど?」
「由真か…」
小牧と由真が親友であるのとは対照的に、俺と由真は犬猿の仲として知られている。
正直、誘うのに迷うところだが…仮にも他人の家に厄介になるわけだし、まあそんなに騒ぐこともないだろ。
「…OK」
「じゃあ、由真にはあたしから声かけておくね〜。 と、次のクラス、移動教室だよ。 早く行こう」
小牧に急かされ、俺はノートとテキストを持って一緒に教室を後にした。
放課後。
小牧に由真を迎えに行くから先に行っててほしいと言われ、こうして校門前で待っているわけなのだが…。
「遅い」
あれからすでに30分以上経過しているものの、一向に二人が現われる様子はない。
「何やってるんだろ…誰かと話でもしてるのか…いや、待ち合わせしてるんだからそれはないだろう……ちょっと行ってみようかな」
痺れを切らし、俺が再び校舎へと戻ろうとしたその時。
「あ、いたぁ〜〜、河野くぅ〜〜ん!」
小牧と、そして隣では由真がこちらに向かって必死に駆けてくる姿が見えた。
「ごめんね、遅れちゃって。 由真ったらね…ぷっ、くくくく」
「どうしたの?」
「教育指導の先生と廊下でぶつかって…その、カツラ取っちゃったの…ふふふふふっ」
あの人、ヅラだったのか?!!!
「ちょっ、愛佳ぁ! たかあきの前でそれは言わないでぇっ!!」
「それでね、今まで先生に説教されてたわけなの…まったく関係ないあたしまで巻き込むなんて…」
「あ、あれは…そう、ハプニング! ハプニングなのよっ!!」
最後を妙に強調しながら由真が叫ぶ。
「てか、聞いたわよ。 焼肉パーティーするんですってね…ふふっ、おもしろいじゃない」
「え、何が?」
「たかあき…あんたに与えられる肉は一切れもないと思いなさいよね」
「…」
あれか…焼肉=戦いというのは一般的定義なのだろうか?
不敵な笑みを向ける由真に対し、俺は深いため息をつく。
「あのさ…俺は何も争うために行くわけじゃないから。 飯くらい落ち着いて食おうよ」
「何言ってんの、焼肉よ、焼肉? タン、カルビ、ポーク…全部食い尽くしてあげるから」
「なあ、小牧。 由真って焼肉好きなの?」
「う〜ん、そういえば以前一緒に焼肉店に行った時、軽く2皿は完食してたかも」
「ふ〜ん…というか、たぶんそれは無理だろうけど」
「何がよ?」
「由真の独占状態にはならないってこと。 俺以外にもう一人、最強の敵がいるから。 その人が今晩、招待してくれたわけだけど」
「へぇ、ますますおもしろくなりそうじゃない」
「も〜、由真ったら」
それ以前に、客の立場で人の家の夕飯を食い尽くすのもどうかと思うが。
なんだかんだ話をしてるうちに、何時の間にか向坂家の前に俺たちは立っていた。
「タカくん、いらっしゃい〜」
呼び鈴を鳴らして数秒後、扉の奥から出てきたのはなんとこのみだった。
「このみ、お前こんなとこで何してるんだ?」
「決まってるでしょ〜、わたしも今夜お呼ばれされたの」
「やっと来たわね、タカ坊。 と、そっちの二人は友達かな?」
「初めまして、河野くんのクラスメートで委員長をしている小牧愛佳です。 愛佳って呼んでください」
「あたしは十波由真。 愛佳とは親友だけど、たかあきの友達になった覚えはないですから。 あ、この二人とはクラス違います。
それと由真って呼んでくれて構わないので」
「向坂環。 タカ坊も含め、皆よくタマ姉って呼んでるからそっちでお願い。 よろしくね、愛佳、由真」
「わたしの名前は柚原このみだよ〜。 この中では一番年下になるのかなぁ…家はすぐそこ、タカくんのお向かい〜」
『え?』
小牧と由真が驚いて俺のほうを見る。
「なに? 幼馴染がそんなに珍しいか?」
「そういうわけじゃないけど…3人ともご近所同士だったんだなぁって」
「そうだよ〜。 だからこのみはタカくんのことならなんでも知ってr(もがっ?!」
「はいはい、余計なことまで言わないようにな〜」
俺は苦笑しながら、慌ててこのみの口を押さえる。
「二人って、もしかしてそういう関係だったの?」
「はは〜ん、幼馴染にはよくあるシチュエーションよねぇ…知らぬ間にってやつ?」
頬を赤く染めながらしみじみと俺たちを見る小牧に、悪戯っぽく顔をニヤつかせる由真。
「はぁ、お前のせいで勘違いされたじゃないかよ…」
「えへ、えへへぇ〜」
「あがり〜」
「マジかっ?!」
「えへへ、どんまい、タカくん」
台所で夕食の準備をしているタマ姉と小牧を余所に、俺、由真、このみの3人は現在居間でトランプ熱戦中。
今夜は両親とも帰りが遅いらしく、それを聞いた小牧が是非手伝いたいと懇願したのだ。
「あんたってトランプ、超弱いのね?」
「タカくん、弱すぎてつまらないよ〜」
「まあ、トランプ自体あんまやらないからな」
「何か得意なゲームないの?」
「将棋、囲碁、麻雀…」
『え?!』
「冗談だ。 まあ、将棋は本当だけどな…麻雀は役をちょっと知ってるぐらいか。 囲碁は全然」
「なんか、随分とジジくさいゲームばっかやってんのね、あんたって…」
「ほっとけ。 と、そういや雄二はどうしたんだ?」
俺はちょうど野菜やら肉やらをテーブルに置き始めたタマ姉に向かって聞いた。
「ん〜? さあてねぇ、またどっかで道草でもくってんじゃないの〜?」
と、その時。
「はぁっ、はぁっ、た、ただいま…」
バンッという扉の開く音がした後、雄二が居間に姿を現した。
「お帰り〜、今までどこ行ってたのよ?」
「いや〜、今日は長い間待ちに待ってたCDの発売日だってことすっかり忘れててさ。
速攻で買って、速攻で戻ってきたんだけど…まだ始まってないよな、焼肉?」
「今終わったとこ」
「なにぃぃっ?!!…て、なんだまだじゃん…危うく30回目の歴史的敗北を喫するとこだったぜ…」
「ふふ、安心なさい。 正々堂々やってもあんたが私に勝つことは限りなく不可能に近いから」
そう言ってタマ姉はうっすらと笑みを浮かべる。
どうやら本当に自身ありのようだ。
「へっ、そう言ってられるのも今のうちだぜ、姉貴」
「随分と余裕ね。 何か策でもあるわけ?」
「ああ、バッチリだ」
そう言いながら、雄二は俺のほうに目配せする。
「ユウくん、凄い自信だね〜」
「おう、任せとけ、このみ。 今日は一際カッコいい俺の姿を見せてやるぜ」
「焼肉でカッコつけてどうすんだよ…」
「今宵、必ずや勝旗はあがる! さぁ、始めようか」
「何が勝旗よ…勝つのはあたしに決まってるじゃないの。 実力の差を思い知らせてあげるわ」
目をキラリと光らせる雄二に対して、由真は早くも戦闘モードに突入したようだ。
「むぅ、わたしだって負けないもん!」
「…小牧。 俺たちは静かに食べような」
「あはは、そうだね…」
数分後、それぞれプレートを囲むように食卓についた6人。
そして俺たちの目前、ジュージューという音と香ばしい匂いを放ちながら焼かれていく肉、野菜たち。
「ふふ…」
「うふふ…」
「うふふふ…」
「えへへ…」
今か今かと箸をゆらつかせながら鋭い視線を送っているのが約4名。
いまだかつてこんな重苦しい雰囲気の中、食を取ったことはないかもしれない。
「わぁ、おいしそう〜」
そんな中、一人わくわくしながら気楽に構えている我がクラスの委員ちょ。
そうだ、俺も気楽にいこう…雰囲気に飲まれちゃダメだ。
「あ、肉一つ焼けたみたいだな」
今思えば、なぜこんなことを言ったのかと思う。
声に出さなければ、もしかしたら最初の肉をGETできていたかもしれないのに…。
俺のその一言が…殺戮舞台の引き金となった。
『うおぉぉぉっ!!!!!!!!』
カッと開眼させたかと思うと、地鳴りのような気合い・叫び声と共に、4人が一斉に箸で獲物を狙いに向かった。
「もらったぁっ!!」
『雄二(あんた)、邪魔!!』
一番最初に箸が届こうかというとこで、タマ姉のアイアンクローと由真のエルボーを同時に喰らい、雄二が吹っ飛ぶ。
「はぐはぐ…おいしいなぁ」
『あっ…』
その隙をついて、このみが肉をGETしていたのは言うまでもない。
「し、しまった…迂闊だった」
「ふん、なかなかやるじゃないこのみ…けど次はこうは行かないわよ」
なんかこいつら…
「く、くそぅ…二人同時に攻撃なんてずるいぞ…」
「とりあえず鼻から出てる血、止めといたほういいと思うぞ」
「へっ、これも戦場で戦ったという立派な証だぜぃ」
でかく丸めたティッシュを鼻に突っ込みながら、言い放つ雄二。
端から見てると…本当にアホに思えてきたよ。
その後はまさに一進一退の攻防が続いた。
「もらい〜っ!」
「やり〜っ、でかいのゲット〜!」
タマ姉、由真はさすが自信があっただけあり、箸もスムーズに動き、何より肉の焼かれ具合などを見分ける着眼点が鋭い。
いつも丁度よく焼かれた瞬間を見極め、狙いに来るのははっきり言って脱帽ものだ。
「えへへ、また取ったぁっ」
そんな二人に続いてGETしているのはこのみだ。
実力は二人に比べれば劣るものの、最初に見せたここぞという隙をついてくる策士のような動きを見せており、これがけっこう的を得てる感じだ。
そして、ただ一人男である雄二はと言うと…
「はぁっ、はぁっ、はぁっ…」
前半は何とかついていっていたが、とてつもないスピード、スキルを誇る3人の前にはさすがにダウン寸前。
後半は愕然とペースが落ちてしまっていた。
「あら雄二、もうお疲れなのかな〜? てか、私に勝つとか言ってなかったっけ〜? ま、あんたは隅っ子で栄養のある野菜でも食べてなさい」
モグモグと口を動かしながら、タマ姉が見下ろすように嫌味ったらしく言う。
「くそっ、やっぱ姉貴は強いぜ……こうなったら、あの手しかねぇっ!!! 貴明!!」
「はいはい…」
溜め息をつきながら食を進めていた箸を置き、俺は一つ咳払いをした後、話し出した。
「ああ、ええっと…タマ姉?」
「ん? なに、タカ坊?」
「その、えっと……たまにはさ」
「(よし、あと一息…)」
「……あれ、なんだっけ?」
「て、そりゃねえだろ、お前さんよぅっ?!!」
雄二がどこかの江戸っ子のような高速ツッコミを入れる。
「何なの、いったい? と、こんなことしてる場合じゃないわっ!!」
プレートの中の肉が確実に減っているのに気づくと、タマ姉は再び箸を伸ばし始めた。
「うぅ、貴明…お前、友達じゃなかったのかよ…」
「あ、そうか。 『チャンスをやってくれ』だったな。 悪い、言えなかった」
「今頃、思い出すなよ…」
俺が雄二に苦笑を浮かべやると、雄二はただボソボソと呟きながらうなだれるのだった……。
こうして力尽きた親友、向坂雄二は遂に戦線から脱落し、残るは3人となる。
「ふぅ…もうお腹いっぱ〜い、食べられないよぅ〜」
しばらくして、それまで勢いのあったこのみの箸もどうやらストップした模様。
「このみ脱落か…まあ、これだけついてこれれば、大したものよね。 さて残る敵はこれで…あんただけってわけか、由真?」
「やっぱ最強の敵ってあなただったのね、タマ姉。 その強さは認めてあげる…けど、最後に笑うのは、さてどっちかしらね?」
「そういうあなたこそ、そろそろお腹がやばくなってきたんじゃないの〜?」
そう言って二人は火花を散らせながら笑みを浮かべている。
正直に言おう、見ていて怖い。
「ふふ、あんまりあたしを舐めないほういいわよ。 このくらいはいつも余裕で食べてるから」
「あら、それは奇遇ね〜。 私もまだまだいけるわよ」
そして更に恐ろしいほど不敵な笑みを浮かべあう二人。
だから怖いって……。
何か背後からオーラのようなものが見える気がする。
「ふっ、それじゃ行こうかしら?」
「ええ…第二ラウンドの…始まりよっ!!」
そうして二人は先ほどよりも速いスピードで肉の取り合いを始めた。
「うおっ?! マジかよっ?!」
「タマお姉ちゃんも由真お姉ちゃんもすっご〜い!」
確かに…あれだけの壮絶なバトルを見せたのだから、少なくとも体力は消耗しているはずなのに…。
「ほらほらほらほら〜〜〜っ!!!!」
「負けないんだからね〜〜〜っ!!!!」
二人とも、まるでたった今始まったかのようなこの動き…はっきり言って異常だ。
この戦いは本当に最後までわからない…周りにいた誰もが思った、その時だった。
「うっ?!」
「くっ?!」
肉をつまんでいた二人の箸が、突如、手から…落ちた。
「ゆ、雄二…」
「み、水ぅ…」
二人とも顔真っ赤で喉元を抑えながら、必死に呟く。
どうやら肉が喉につっかえてしまったようだ。
「ったく、ほらよ」
雄二が水を汲んできたグラスを手渡すと、タマ姉と由真はそれを一気に流し込んだ。
「ふぅ、死ぬかと思ったわ…」
「さて、続きを……て、あれ? なんか…食べられない」
「わ、私も…お腹いっぱいになっちゃった…なに、どうして?」
そういえばこの二人、最初から「一滴も」水を口に含んでいなかった。
そして、今大量の水を体内に流し込んだことで、ようやく満腹がやってきた…ということなのだろうか?
確かに液体は食べ物よりも腹に溜まるからな……何はともあれ、焼肉戦争は意外な結末を迎えた…はずだったのだが。
「あれ? 皆、もう食べないの? じゃあ、あたしが〜」
それまで野菜を少しずつ取っていた小牧が、プレート中の焼肉に箸を伸ばし、口元へと運ぶ。
『あぁっ、そ、そんなぁ?!!』
「う〜ん、おいしい〜、もっとた〜べよっと♪」
焼いては食べ、また焼いては食べ…小牧の動かす箸によって目の前の肉がどんどんと失われていく。
しかも肉はタマ姉と由真、二人が食べた分のまだ1.5倍の量は残っていた。
「く、くぅ〜…食べたいけど、お腹いっぱいで、体が動かない…」
「ま、愛佳ぁ〜、あんた…何でそんなに食べれるのよ〜…うぅっ…」
「う〜ん、幸せだよ〜」
悔しがる二人を他所に、小牧は表情を和らげながらもくもくと食を進めていくのだった。
「今日はどうもご馳走様でした」
別れ際、小牧は玄関先でタマ姉に向かってお礼を言う。
「いいのよ、また来てちょうだいね。 …いつでも相手になるから」
「まったく大したものよね、愛佳も。 あの後、結局残りの肉と野菜全部食べちゃうんだから」
「あはは、勢い余ってあんなに食べちゃってごめんなさい。 そうですね、また今度一緒に食卓を囲いましょう」
「え…」
「どうしたの、タカくん?」
「あ、いや…」
また今日みたいなバトルを繰り広げるつもりか、お前ら…?
次は絶対に来るのやめよう…ふと、そう思った俺だった。