4月14日―――

キーン・・・コーン・・・

チャイムがなり、今日一日の授業が終わる。
うっし、今日も一日ご苦労様でしたっと。
高3という立場になって、
受験に向けて授業もかなり厳しくなるのかと身構えていたがそんな事もなかった。
まだ始まって間もないからかもしれないけど・・・。

「貴明、久しぶりに一緒に帰ろうぜ。」
荷物をまとめていると雄二が声をかけてくる。こいつとの腐れ縁もここまで来ると大したものだ。
しかし・・・、

「悪い。今日だけはどうしても外せない用事があるんだ。」

雄二の前で両手を合わせる。
そう、今日だけはどうしても譲れない用事があった。
更に言ってしまえば今日は時間との勝負。
正直に言ってしまえば、今こうやってコイツと話してる時間さえもったいない。
それくらい俺は急いでいた。

「・・・そっか、わかった。」

そんな俺の様子から何か悟ったのか、雄二は苦笑しながらうなずく。

「・・・悪い。」
「気にすんなって。それより、急いでるんじゃないのか?」
そう言われて俺はハッとなる。そうだ、急いで帰らないと。

「そうだった、じゃあまた明日な!!」

そう言い残して俺は教室を出ると走りだす。
教室を出る際に雄二の声が聞こえたがそれはスルーしよう。

「今度ヤックな〜。」




 優しい季節〜大切な君へ〜



ハッ・・・ハッ・・・ハッ・・・

教室を出た後も俺は走りつづける。
階段は殆どジャンプで飛び降り、下駄箱のカバーも乱暴に閉めて昇降口を抜けた。
今の時刻が15時20分。
このペースなら後10分で家まで辿りつける、そうなると実際に残された時間は3時間弱。

うん、少し心許ないけど多分大丈夫だろう。

そんな事を考えながら、校門を出て坂道をダッシュで下りているとしかし、

「貴明さーーーん。」
後ろから俺を呼ぶ声がしてそんな思考は中断された。
俺の身の回りで、名前の下に『さん』付けするのは彼女しかいない。

俺は後ろを振り返る。
そこには下校する生徒達の中、俺を追うようなペースで坂を下っている長い黒髪を持った少女がいた。
草壁 優季、誰あろう俺の彼女だ。

しかし・・・、

「・・・・・・ッ!!」

俺は彼女を待たず再びダッシュで坂道を下り始める。

「・・・え?ちょ、貴明さん!?」

背後から明らかに動揺した声が聞こえてくる。
でもいくら彼女でも、今ばかりはその声に構っていられない。


ごめん優季。急いでるんだ!!


心の中でそう謝りながら、俺は走り続ける。

「貴明さん、待ってください!!」
後ろから優季の追いかけてくる足音と声が聞こえてくる。
しかもそのペースはかなり速く、少しでも油断をすれば追いつかれてしまいかねない。
こうなったら一気にペースを上げるしか・・・。

「・・・てやっ。」
「わっ!?」

しかしそう考えたときにはもう遅く、俺の肩は一本の腕に掴まれていた。
思わず俺は振りかえる、そこにいたのは間違いなく優季だった。

・・・・・・えと、たしか貴女は文芸部でしたヨネ?


「ハッ、ハァッ・・・・・・つかまえた。」

幾分息を切らしながらも、隣に並んで俺に微笑んでくる優季。
彼女の頬を伝う汗を帯びた顔がとても綺麗に思えて、
俺は思わず見とれてしまい、いつのまにか走るのを止めていた。

とりあえず二人で歩きながら、呼吸を整える。
しばらくたって呼吸も落ち着いたものになると、優季は非難するような目つきで俺に尋ねてきた。

「どうして逃げたりしたんですか?」

これに対して俺は用意していた言い訳を使うことにした。

「今日は急な用事が入ってさ、急がなきゃいけなかったんだ。・・・言ってなかったっけ?」
「聞いてないですよ。」
「そっか、・・・ごめんな。」
「いえ。・・・てっきり嫌われちゃったかと思いましたよ。」

そんな風に苦笑する優季に、俺は「バカ」と言いながら軽くデコピンをする。
結局いつもの下校風景になってしまったが問題ない、7時には何とか間に合うだろう。

それからしばらく歩いて、気付いたら彼女の家の前だった。
「そう言えば、夕飯はどうしますか?」
優季と付き合うことになってからこっち、週に3〜4回の割合で彼女が夕飯を作りに来てくれていた。
いまだ一人暮らしが続く俺にとっては嬉しい限りだが、
これを知っているクラスメイト達からは「通い妻」だの何だの冷やかしが絶えない。
ちなみに優季の家は、俺の家から100M位しか離れていないご近所。
歩いて1分もかからない場所にある。
そんな距離だからこそ、「通い妻」優季の噂はこの辺でも有名だ。
この間なんて二人で買い物へ出かけたら、
「仲睦まじい夫婦だねぇ。」なんて近所のおばさんから言われる始末。
・・・まぁ、結婚前提の付き合いだから否定はしないんだけどね。

「・・・貴明さん?」
「えっ、あ、何?」

・・・いけね、考えすぎてたよ。顔赤くなってないだろな。
そんな俺の心情は知らず、優季は溜息をつく。

「もう。・・・今日の夕飯はどうしますかって聞いたんですけど。」
「あぁ、いつも通り7時くらいに来てくれるとありがたいかな。」
「わかりました。引き止めてしまってごめんなさい。」
「いや、言ってなかった俺が悪かったんだし、それじゃあ後でな。」
「はい、また後で。」
そういって優季が家の中に入っていくのを確認して俺も自宅に向かう。

家に帰り着いてから時刻を確認する。15時46分、まだ大丈夫だな。
うし、それじゃあ着替えて始めるとしますか!!



それから3時間くらい経って・・・、

「・・・と、こんなもんだろう。」
俺はテーブルの上に皿を載せてから辺りを見まわす。うん、それっぽい雰囲気になってるな。
時刻を確認すると18時53分。
「そろそろ優季が来る頃かな・・・。」
そう呟くと・・・、

ピンポ―――ン

来た。
部屋の中にインターホンの音が響く。俺はインターホンの受話器を取って応答する。
「もしもし?」
『あ、貴明さんですか?』
「うん。悪い、今ちょっと手が離せないんだ。鍵は開いてるから入ってきていいよ。」
『あ、はい。お邪魔します。』
そう言って俺は受話器を置くと、机の上においてあった、ある物を手に取る。

カチャ
少し離れたところでドアが開く音がした。優季がドアを開けた音だ。
「お邪魔しまーす。」
靴を並べるような音がして、優季の声が廊下越しに響く。
「貴明さん?」
「優季、こっちだ。」
声だけ出して、優季を居間の方へ導く。
「あ、そっちにいるんですね。」
そんな声がしてパタパタと廊下を歩いてくる音が聞こえる。俺は手に握ったものを握り締めた。

カチャ・・・
ドアノブがまわり、少しずつドアが開いていく。
「貴明さん?」
そしてその隙間からひょっこりと顔を出した優季めがけて、
俺はクラッカーの紐を引いた。

パーン! パーン!!

「きゃっ!?」
景気よく音を出すクラッカーに吃驚したのか、優季は首を引っ込める。

音が止んでしばらくすると、優季がおそるおそるという感じでまた隙間から顔を出してくる。
「・・・貴明さん?」
そして目の前にいる俺に気付いて、ちょっと泣きそうな顔で俺を呼ぶ。
そんな優季とは対照的に、俺は微笑みながらこう言った。

「ハッピーバースデー、優季。」



「用事と言うのは、このことだったんですね。」
優季が落ち着くのを待ってから、俺は今回の計画を優季に話し始めた。

4月14日は優季の誕生日、そのことを知ったのはつい1週間前。

一人で行った自室の大掃除で見つけた小学校の頃の文集、
中は優季が転校するときに皆で作ったお別れ文集だった。
懐かしさを覚えながら何気なくめくった1ページに、
俺は優季のプロフィールを見つけてとにかく焦った。
なんせ後1週間しかなかったのだ。

急いで何が出来るかを考え、色々と思案した。
その結果、普段お世話になっている優季に感謝の念をこめてご馳走を作り、
ちょっとしたサプライズパーティーを試みたわけです。

「え、じゃああそこにあるの全部貴明さんが作ったんですか?」
優季がテーブルの上においてある料理を見ながら驚く。
テーブルの上にあるのは、シーザーサラダにコーンスープ、ハンバーグにグラッセとマッシュポテト、
そして目玉はイチゴのケーキ。

俺の好物ばかりが並んでるかな・・・。

俺は苦笑しながら肯いた。
「うん、結構がんばった。ある程度は昨日の夜のうちに作っておいて、今日はケーキをね。」
スポンジを焼くのにはそう時間はかからないが、
スポンジの熱を取り生クリームを塗るために少々時間がかかる。
準備に必要な時間も合わせて今日急いでたのはそのためだった。


「さ、冷めるのももったいないし食べようよ。」
まだどこか呆けている優季を椅子に座らせ、俺は向かい合うように座る。

「改めて優季、18歳誕生日おめでとうございます。」
「ありがとうございます。頂きます。」
「どうぞどうぞ。」

その言葉を機に二人で食事を始める。
味自体は悪くなかった。ただ特別に美味しいというわけではない、あくまでも普通だった。
でも、優季の呆けたような表情がやがて和んだものになっていくのを見て俺は安心していた。
それと同時に、こんな風に特別な時間を二人だけで共有できることがとても嬉しかった。


そして・・・、

「ご馳走様でした。」
「お粗末さまでしたっと。」

何時の間にか皿の上の料理は綺麗になくなっていた。
ケーキも小さいサイズだったが二人で半分も食べてしまっていた。
女の子の前、体重がどうとかなんて怖くて言えはしない・・・。



「とても美味しかったです。」

食器を片付けていると、優季がそう話しかけてくる。

「そう?普通の味付けだったからちょっと自信なかったんだけど。」

俺は素直に思っていたことを言う。すると優季は首を横に振った。

「確かに味付けは普通でした。でもね・・・」
そこで一旦言葉を区切ると、優季は俺のほうを向きながら微笑む。

「貴明さんが私のために作ってくれたんだなぁ、って気持ちを感じることが出来ました。」

「気持ち・・・?」
俺の問いに優季は肯く。
「そうです。愛情って言ったら貴明さんは照れるかもしれませんけど、
でも私を吃驚させよう、喜ばせようって思いが料理から伝わってきました。」

そして少し顔を赤らめながらこう言った。

「愛情って最高のスパイスなんですよ?」

そう言ったきり優季の顔を伏せた。自分の言った言葉で耳たぶまで真っ赤になってしまったから。
ついでに言えば俺の顔はもっと紅い。優季の言葉が嬉しいと同時に滅茶苦茶恥ずかしかった。

どうも愛情とかそんな一言はやっぱり照れる。



二人の間に沈黙がおりる、でもそれは決して嫌な沈黙ではなかった。



これを渡すなら今かな・・・。
ふと、そんな考えが思い浮かび俺はポケットの中に手を伸ばす。少し固い感触がそこにあった。

うん、渡そう。
そう決心して、俺はポケットの中のものを取り出す。

「優季。」
「あ、はい?」
顔をうつむかせていた優季が表を上げる。
その目の前に俺はズイッとポケットの中のものを優季に差し出す。
俺の手の中にある物、それは丁寧な装飾がされた小箱だった。

「・・・、えっと、これは?」

優季が俺と小箱を交互に見ながら問いかけてくる。

「誕生日プレゼント。」
俺は何気なく応える。そんな俺の一言に優季は吃驚しながら俺のほうを見る。
「え?だってプレゼントは・・・。」
「料理は普段の優季に対する感謝の気持ち。プレゼントはプレゼント。」
俺はそう言ってもう一度小箱を差し出す。
優季は少しおどおどしながらも小箱を受け取った。
しばらく表面もじっと見たり、触ったりしていたが、

「開けて・・・いいですか?」
静かにそう聞いてきた。

「うん・・・いいよ。」
俺も静かに返す。そして・・・・・・、


「・・・あ。」

箱を開けた優季が小さく呟いた。その瞳は小箱の中身を凝視している。



「・・・・・・どんなのが良いかなって悩んでさ・・・。」

聞かれてもないのに俺は勝手にしゃべり出していた。
かなり照れくさかったからその気分を紛らわすためだ。

「それにしたんだ。春だし色も良いかなって思って。」

優季はまだ箱の中の物を凝視している。

「でも考えたらサイズとか知らなかったんだよな。合ってるかな?」
ようやく優季が顔を上げる。その目からは涙が浮かんでいた。

小箱の中に入ってた物、それは指輪だった。
名前は忘れてしまったが桜色の宝石を真中に嵌めたそのリングの中には

Takaaki to Yuki

と彫られている。
結婚指輪とまではいかないが、それに近い心で彫ってもらったものだった。


「・・・・・・貴明さん、これ」
溢れそうになる涙を押さえながら優季が俺に尋ねてくる。
しかし俺は首を横に振ってそれを制した。そして優しく笑いながら言う。

「もらってくれる?」

その言葉に優季は涙を流し始め、しかしクシャクシャの笑顔になりながらも微笑んでうなずいた。

「・・・はい。喜んでいただきます。」
「・・・・・・うん。」
優季のその言葉を聞いて俺は肩の荷が下りるのを感じる。
良かった。受け入れてくれた。

俺は優季に近づくと、そっとその体を抱きしめる。
「・・・本物は、そのうち渡すからさ。今は右の薬指にでもつけといてよ。」
「・・・・・・はい。」
まだ涙を流しながらも、胸の中で優季がうなずくのを確認して、優季の顔を上げそっと唇を重ねる。


唇を離して向き合うと、優季は少しむくれたような顔で
「もう。最近私、貴明さんに泣かされっぱなしです。」
冗談交じりにそう言った。



そう言えば花見のときも優季を泣かせてしまったっけ。


(「俺にとって、『河野』の名前を渡そうと思ったのは優季一人だけだから。」)


その時の一言を思い出し俺は苦笑すると、
照れ隠しに「バカ」と言いながら、もう一度優季の唇に自分の唇をそっと重ねた。




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後書き どうもシウです。このような駄文を最後まで読んでいただき真にありがとうございます。 草壁さんの誕生日に間に合うようにと急いで仕上げたのでかなり雑になっている部分もあると思います。 本当にすいません。自分の力不足です。 こんな自分の作品ですが、少しでも感想を頂けると幸いです。 管理人の仁様、無理を通していただきありがとうございました。


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